軽いアップダウンと思いきや、中岳への登り返しはかなりキツイ

その中間地点で、獅子岩テラスで出会ったタオルハチマキの単独さんが座り込んでる

『やぁ、追いつかれましたね、小屋でビール飲んだクセに水補給するの忘れて、一滴も無いんですよ』

おっと、ここにも居たか水切れ単独さん、よくぞこの暑さの中60分も水無しで･･･

ザックからボトルを出そうとする私を、慌てて止める単独さん

『あぁ、いいですよ、私のミスだから。それに、もうこれ登ったら槍でしょ、大丈夫ですよ』

それでも、と勧めたが頑なに断る単独さんを後にして岩場の連続を登る

しかし、浮き岩を避けながら、どうも釈然としない・・・なんだろう？

と、ヘロヘロになりながら中岳ピークに立ち、水を飲んでるときだ

ガスが風で流れ、槍が見えたとき、モヤモヤの原因が分かった！

単独さん、ダメだ、勘違いしてるよ！も一つピークあるじゃないか、大喰岳があるじゃないか

中岳さえ岩場の途中で座り込んでたのだ、槍まではどう見たってあと90分だろう

それも大喰のアップダウンを越えてだ、水無しで歩けるわけがない

また、一瞬、いろんなことが頭を過ぎった

ザックを確かめるまでもない、手持ちの水分は、ポカリが１本だけだ

やっと近づいて来た槍を睨みながら悩んだ・・・

彼は既に南岳から水分ゼロで歩いてる、私は今飲んだところだ、でも１本全部分けることは出来ない

知らん顔することもできるぞ？と、そんなことを考えた自分を罵る、何をバカなことを！

悩むまでも無いよな、ポカリを空きボトルに分けて半分にする

−タオルハチマキの単独さん、半分だけですが飲んでください−

中岳の山名板の下、メモを書いてボトルと岩を置いて先へ進んだ

大喰岳を降り、飛騨乗越から登り返す頃にはフラフラだ

しかし、なんて暑さだ？まだ陽炎が揺れて見えるのは気のせいか

もう身体の水分はゼロ、あの単独さん、ボトル見つけたかな？アレじゃ足りないよな？

でも半分でも無いよりはマシだろ？この自分だって既に渇ききってるんだ

そんなことを呟きながら、もう夕餉で賑わい始めてるテン場を縫って黙々と階段を上りきると

目の前に槍が待っていた

やっと会えたな、遠かったぞここまで

夕日に染まり始めた空に屹立する槍、どこから見た姿よりも眩しく見えた

テントを張って独り槍に乾杯

なんかさ、こうしてお前を見ながら遠くからやって来たの、正解だったよ、槍

すっごくカッコいいよ、槍、うん。

水分に飢えきった身体に沁みわたるビアの酔いが独りごとを洩らせた