山名板も何も残せないほど狭い長谷川ピーク

それは、ただの岩峰

その岩にしがみついて前方を睨む

南岳までこんなに長いのか・・・槍よ、お前まで会いに行けるのだろうか？

ピークからもうねるように続く細尾根を延々と下る

この辺りから陽射しがきつくなり、高度も下がるため暑さどんどん厳しくなる

あまりの暑さに食欲は無いが、行動食だけは無理やりにでも口にする

何故だろう、北穂から取り付いたときのアツイ高揚感なんてカケラも無くなってる

危険な場所はクリアした安堵感と暑さのせいでペースが落ちる

展望もガスでイマイチ、どんどんモチベーションも低下して行く

細尾根のアップダウンをただ漫然と繰り返してるうちに目の前には岩峰

これが獅子鼻だろう

いつの間にか私を追い抜いて行った若い単独さんが岩にしがみついてる

さぁ、ラストスパートだ

砂礫でズルズルのテラスで、獅子鼻もクリアした、と思ったら、先にはまだ登りが続く

あぁ、もうダメだ、南岳はすぐそこ、そう分かってるのにテラスに座り込んで水を飲む

と、やってしまった、あの少年に分けたので最後のボトルを飲み干してしまったのだ

私は、次の水場、小屋に着くまでは例え１ｃｍでも水は残す、それを自分のルールとしているのだが・・・

空っぽになったボトルを恨めしげに見てた私を、後続のタオルハチマキの単独さんが笑って見ていた

『ま、もうすぐでしょ？』　『そうですよね』

単独さんと話しながら、スリッピーな砂礫を登りきると足元に南岳小屋があった

はぁ、終わった。これで大キレットは終わったのだ、達成感よりも安堵感

南岳小屋に着くと、先ずは缶ビール！水分に飢えきった全身に染み渡るウマさにため息

先ほどの単独さんもいつの間にかビアを空け、じゃ、またどこかで！と去って行った

私は大キレットを無事に歩き通した安堵感に呆然と風に吹かれていた