避難小屋で初めて熟睡できたのは、風の音が無かったことだけでなく、それだけ疲れていたのもあるのだろう

ビアからホットウイスキーに切り替えた、その一杯目、いっぱい担いできた肴も残したまま私は撃沈

Ｔさんも、ごちそうを担いで来てくれてたのに、残して悪いことをしたものだ

朝起きるとプラティパスもペットボトルも凍っていない、暖かいのだ、これも初めてだ

今日の天候は昨日よりも悪い、その予報どおりな様子に、出発前に二人で意識合わせする

弥山、八経ヶ岳を踏むには、この豪雪だと２泊必要だろう、ということで

元々、食材など装備は２泊してもいいようにリスクヘッジしていた

が、この悪天候だ、出来れば今日は弥山だけ踏んで下山としたい、となるとこの小屋へ戻るリミットは１２時だ

それを過ぎるようであれば、八経ヶ岳も踏んで小屋でもう一泊しよう、そう二人で決めた

さぁ行くか、モンスター退治だ！

小屋を飛び出すと、そこはブルーグレーに染まった沈黙の世界

ときおり粉雪が舞う程度、風も無く寒さもマシだ、例によって静まりかえった雪の斜面をザクザク進む

と、覚えの無いシカ避けネットに行く手を阻まれる、Ｔさんによると、昨年もこいつに悩まされたと

その前の年には無かったぞ？と、悩んでいても仕方無い、どうせ雪の上だ、えいやっ！

スノーシューのクランボンでネットと自分自身を傷つけないよう支柱の先に足をかけて飛び越える

ネットを越えて進むと、徐々にモンスターが現れ始める

最初に八経ヶ岳が望めるポイントを通過する頃、一瞬空が明るくなる

あぁ、これはもしかして、八経が拝めるのか？諦めていたその展望に期待をこめ

ザクザク歩く足も速くなる、が青空はほんの一瞬で消え去る

積雪量はどんどん深くなっているのが分かる、ただ、もう表面が締まって踏み抜くこともなく歩き易い

どこまでもどこまでも音の無い沈黙の世界

ザクザク、カリカリ、ザクザク、カリカリ

二組のスノーシューがクラストした雪面を削る音しか聞こえない

完璧なモンスターに変身した森は、まるでヒトが入り込むのを拒否するかのように

トレイル上に大きな大きな翼を降ろし、そしてときおりその翼を揺らせたりする

前を行くＴさんの後姿、目を離した隙にモンスターに喰らいつかれ消えてしまいそうな

そんな気がして、足早に跡を追う

ザクザク、カリカリ、ザクザク、カリカリ

風が強くなったな、と思った瞬間、また青空が覗く

モンスターの翼が扇いだのだろうか

もう私は、青空とか展望とかどうでもよくて・・・

まるで樹氷の、いや、モンスターの回廊に迷い込んだ愚か者状態だ

怪物の閉じた翼を避け、方向を見失わぬよう慎重に歩く、いや歩かされている

きっと、我々は、もうモンスターたちに囚われていて、ヤツらに歩かされているのだ

ザクザク、カリカリ、ザクザク、カリカリ

そんなことばかり思いながら歩く、ただ歩く

このブルーグレーの沈黙の世界、私一人だったらきっとモンスターから逃げ出していただろう